日语母语俗语外来语引进排外)ことばと国家 (岩波新書) [新書] 田中 克彦 (著) 登録情報 新書: 218ページ 出版社: 岩波書店 (1981/11/20)

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日语母语俗语外来语引进排外)ことばと国家 (岩波新書) [新書] 田中 克彦 (著) 登録情報 新書: 218ページ 出版社: 岩波書店 (1981/11/20)
  • 日语母语俗语外来语引进排外)ことばと国家 (岩波新書) [新書] 田中 克彦 (著) 登録情報 新書: 218ページ 出版社: 岩波書店 (1981/11/20)

作      者:日文本田中克彦

出 版 社:日本岩波书店株式会社

出版时间:1981 - 01

印刷时间:1981-11

印      数:4千册

装      订:软精装

版      次:1版1刷

开      本:60开

页      数:218页

字      数:158千字

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上书时间:2017-12-07

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孤本绝版日文版  显示照片与实际图书 有出入,有外侧彩色包装书皮, 没有CD光盘
ことばと国家 (岩波新書) [新書]
田中 克彦 (著) 登録情報
新書: 218ページ
出版社: 岩波書店 (1981/11/20)
ISBN-10: 4004201756
ISBN-13: 978-4004201755
発売日: 1981/11/20
商品パッケージの寸法: 17.2 x 10.6 x 1.2 cm
目次 
1 「一つのことば」とは何か
2 母語の発見
3 俗語が文法を所有する
4 フランス革命と言語
5 母語から国家語へ
6 国語愛と外来語
7 純粋言語と雑種言語
8 国家をこえるイディシュ語
9 ピジン語・クレオール語の挑戦

详细描述:

孤本絶版日文版  语言与国家,法国与语言,国家与民族语言,日语与国家
山景书摊 Mountain view bookstore  거 니 와 서점  Горный пейзаж книжный магазин  Librairie ShanJing 山景色の本屋
ことばと国家 (岩波新書) [新書]
田中 克彦 (著) 登録情報
新書: 218ページ
出版社: 岩波書店 (1981/11/20)
ISBN-10: 4004201756
ISBN-13: 978-4004201755
発売日: 1981/11/20
商品パッケージの寸法: 17.2 x 10.6 x 1.2 cm
目次 
1 「一つのことば」とは何か
2 母語の発見
3 俗語が文法を所有する
4 フランス革命と言語
5 母語から国家語へ
6 国語愛と外来語
7 純粋言語と雑種言語
8 国家をこえるイディシュ語
9 ピジン語・クレオール語の挑戦

だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はない。その母語が、あるものは野卑な方言とされ、あるいは権威ある国家語とされるのはなぜか。国家語成立の過程で作り出されることばの差別の諸相を明らかにし、ユダヤ人や植民地住民など、無国籍の雑種言語を母語とする人びとのたたかいを描き出す。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田中/克彦
1934年兵庫県に生まれる。一橋大学大学院社会学研究科修了。現在、中央大学教授、一橋大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
日本語というひとつの言語で用が足りてしまい、隣の国の言葉と日常的に接する機会もない日本人にとっては、言語というのは空気のように身近で透明な存在です。しかしこうした言語状況は世界的にはまれなことです。ひとつの国家が自国内の多数の言語をある方向に統御していくという、海外では常に目の当たりにさせられる事がこの本では具体的な例とともにわかりやすく提示されています。

 この本が出版されるまで日本全国の国語の教科書には『最後の授業』というフランスの小説が掲載されていたものです。ドイツとの戦争に敗れたためにフランスから割譲されるアルザス・ロレーヌ地域でフランス語の授業が...続きを読む ›
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ことばの差異への差別
投稿者 romarin 殿堂入りレビュアートップ1000レビュアーVINE メンバー 投稿日 2009/10/25
言語学的には、言葉の間に優劣はない。標準語より方言が劣っているということもないのである。
しかし実際には、方言が揶揄されたり、矯正されたりすることもあるし、自ら「直す」人もたくさんいる。
また、フランス語のようにプレスティージが高いとされる語もあれば、ちゃんとしたことばになっていないと軽蔑される言語もある。
この新書では、こうしたさまざまな言語の権力や差別、言語の概念にいかに政治が介入しているかといったことを述べる。
そもそも、言語をいくつあるかと数えることも容易ではない。例えば、東京の人が東北の方言を殆ど何もわからなかったとしたら、
これらは同一言語の方言であるというだけでなく、別の言語としてカウントすることさえ可能である。
さらに、母語、すなわち自然に身についた第一言語にも重点が置かれている。母国語という言い方はおかしいと言うが、
なぜなら母国語というのは母国の国語であり、もしもある国があるひとつの言語を国語と決めている中で、
移民や社会的地位等の理由で他の言語を普通に身に着けていたらその人にとって母語は母国語とは異なるということになるためだ。
本書はことばの地位や差別や闘いについていろいろ書かれているが、特に母語に対して弾圧を受けた人々の歴史、
「乱れた」「くずれた」と言われる...続きを読む ›
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純粋なことばへの批判
投稿者 モチヅキ VINE メンバー 投稿日 2006/5/21
 1934年に生まれた高名な言語学者・モンゴル研究者が1981年に刊行した古典的名著(1992年時点で20刷)。本書の基本的な立場は、ことばは差異しか作らず、その差異を差別に転化させるのは、国家や民族に代表されることば外の要因による、という点にある。ただし、著者はそうしたことば外の要因に「汚染」されない「純粋なことば」は観念上にしか存在しないと考えており、従ってことばとことば外要因との関係が具体的に追究されねばならない。こうして本書では、ことば(言語・方言等々)の定義、母語(近世ヨーロッパではラテン語と対をなす)の根源性、文法の政治的機能、国家語・外来語・純粋言語という考え方の政治性等が、きわめて興味深い具体例と共にわかりやすく述べられた後に、ユダヤ人や植民地住民など、無国籍の雑種言語(ピジン語・クレオール語)を母語とする人々の苦闘が描かれる。「ピジンやクレオールの研究は、およそことばがあった太古から、かつてどの言語もが経験した過程を目の前に再現している点で歴史的に、またその際、異なる言語や方言を話す人々が置かれている実際の状況を示唆する点で社会学的に、個々の国家語や民族語の位置を相対化し、これらの言語によって植え付けられた偏見から人々を解放してくれるのである」という一文は、本書の締めの言葉としてふさわしい。著者自身によれば、本書には「思いが先走ってなかみが伴わないという欠点」があ...続きを読む ›
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カタカナという外来語専用の装置の指摘が新鮮です
投稿者 おやじねこ トップ1000レビュアーVINE メンバー 投稿日 2015/6/18
言語学は学問の世界で孤立しがちで、またそれでよしとする風がある。しかし言語は文化や文明のいわばOSであり、その本質は社会の成り立ちそのものに由来する。ラテン語やフランス語、ドイツ語などの主要言語がなぜ主要言語なのか。そしてその周辺に存在する近縁の言語との関係を国家や社会とのかかわりの中で解き明かす。
また人工的な社会である主人と奴隷の関係からうまれたピジン語などへの考察はエリートの使うオフィシャルな言語と家庭内で使う世俗的な言語の今日的な確執を考察しており興味深い。アフリカ諸国が今も旧宗主国と密接な関係を維持し続ける原因の指摘にもなっている。
日本語についてはアイヌや琉球の言葉について若干の考察を述べているにとどまるが、それ以上に日本語がカタカナで外来語を隔離できる機能を有しているとの指摘は目からうろこが落ちる。同時にひらがなや漢字で表現されるようになればもはや外来語としての認識が社会から失われ完全に日本語に取り込まれたということだろう。本書にその例は挙げられていないが、「さぼる」という言葉はもとはサボタージュという外国語を学生が隠語として「サボる」と称し、ついに一般に広まって平仮名表記が通例になった。もっとも「カステラ」のように到来して数百年経ってもカタカナ表記でやはり外来語という言葉も多い。
言語と言語、言語と社会の軋轢や関係性をテーマとしているだけに、社会が言葉を受け入れる過程についても触れた欲しかった。
言語学は学問の世界で孤立しがちで、またそれでよしとする風がある。しかし言語は文化や文明のいわばOSであり、その本質は社会の成り立ちそのものに由来する。ラテン語やフランス語、ドイツ語などの主要言語がなぜ主要言語なのか。そしてその周辺に存在する近縁の言語との関係を国家や社会とのかかわりの中で解き明かす。
また人工的な社会である主人と奴隷の関係からうまれたピジン語などへの考察はエリートの使うオフィシャルな言語と家庭内で使う世俗的な言語の今日的な確執を考察しており興味深い。アフリカ諸国が今も旧宗主国と密接な関係を維持し続ける原因の指摘にもなっている。
日本語についてはアイヌや琉球の言葉について若干の考察を述べているにとどまるが、それ以上に日本語がカタカナで外来語を隔離できる機能を有しているとの指摘は目からうろこが落ちる。同時にひらがなや漢字で表現されるようになればもはや外来語としての認識が社会から失われ完全に日本語に取り込まれたということだろう。本書にその例は挙げられていないが、「さぼる」という言葉はもとはサボタージュという外国語を学生が隠語として「サボる」と称し、ついに一般に広まって平仮名表記が通例になった。もっとも「カステラ」のように到来して数百年経ってもカタカナ表記でやはり外来語という言葉も多い。
言語と言語、言語と社会の軋轢や関係性をテーマとしているだけに、社会が言葉を受け入れる過程についても触れた欲しかった。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 俳句の先生がたに一読をお薦めする。, 2015/2/8
投稿者 村学究 "よしなしごと" (名古屋市瑞穂区) - レビューをすべて見る
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レビュー対象商品: ことばと国家 (岩波新書) (新書)
言葉と国家という表題だが、実は言葉と人間の本質的な関わりを説いている。
文学、たとえば俳句をあげれば、季語だ切れ字とかは、あくまでその場で作られたルールに過ぎず、もっと広い文学、人の心というレベルで鑑賞するべきものだと痛感させられました。
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3 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 権力を完全に分散させた場合のデメリット1981, 2015/2/5
投稿者 雲とナカジマ - レビューをすべて見る
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レビュー対象商品: ことばと国家 (岩波新書) (新書)
【ツカミ】
公務員がフランス語以外の方言で文書を作製し、署名した場合、6ヶ月の禁固のあと罷免に処す。 :::::::::::::::::1794年、フランス革命政府の法律 ~p77

【購入理由】
「あまちゃん」の大友良英ヨシヒデさんの本(岩波新書)に、「わがバイブル」と紹介されていたので古本購入。

【内容】
ラテン語は、宗教・政治関係者にとって、権威をひとりじめし、宗教的秘儀ヒギ性をたもつための道具であったが、
ダンテは、書き言葉を民衆に開放するために、俗語(口語)をラテン語に取り込むことでイタリア語をつくったわけだが、
同じようなことは、日本語においては、紫式部や夏目漱石や村上春樹によってやられており、
ぎゃくにいえば、書き言葉は、しばらくほっておくと「秘儀」のほうへこりかたまってしまうもんや。

【追加】
ちなみに この田中さんは「いまの日本語文章でもまだまだ固すぎるから もっと柔らかくしてグワグワにして 小学校で習う漢字と平仮名だけを使用すべきだ」 というくらいのとこまで行ったらしい。 wikipedia によると。

これは、ひょっとしたら、田中さんがモンゴル研究したせいかもしれない。モンゴルでは新語をつくることをいやがり、例えば「地下鉄」という言葉をつかうくらいなら「土のなかを走る馬の車みたいなもの」というふうに、元々ある言葉に開くそうだ。(少し古い情報だが。)

【内容】
だからまあ、「漢語と和語、やまとことば」、「話し言葉と書き言葉」という、数十年前までは真剣に議論された問題をあつかっている。

【雑談】
・ちなみに、、、数年前に、文盲のひとと知り合いだったのだが、その人は笑いに関しては、ぼくがこれまで知りあったどの人よりも面白かったし、知識も豊富であり、それを物語る技術においてもスゴく、しかも人間性もすばらしかった。

・あと、あれやな、ディスレクシア、識字障害の天才たちはどうなるのかという。。

【疑問】
なお、冒頭のフランスの話だが、えらい極端だなあってのもあるが、フーコーとかデリダ(およびその日本語翻訳者たち)って「秘儀性」そのものだよなあってのもあって、フランスってなんかオカシイんじゃないかと思い始めた最近。
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5つ星のうち 5.0 言葉、言語、方言、国家語, 2014/5/13
投稿者 ナンギョクケイ - レビューをすべて見る
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言葉と言語、方言と国家語との差異を明確に書いており、政治的影響を常に受けている言葉の存在と、そもそも言葉には上下関係がないのに付けられてしまったのを明らかにしている。
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5つ星のうち 5.0 ことばについての既成概念が覆される、きわめて知的刺激に富んだ本, 2012/6/23
投稿者 有閑子 (兵庫県) - レビューをすべて見る
(トップ500レビュアー)   
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本書を読めば、一般の日本人がもっていることばに対する既成概念がいい意味で覆されます。言語とは何なのか、言語と方言はどう違うのか、母語という概念、母語と母国語の違い、言語と民族、言語と国家との関係、ピジン語やクレオール語の誕生、等々きわめて斬新で刺激的なテーマでいっぱいです。

著者はそんな斬新なテーマを、独特の視点で、しかもわかりやすい平易な表現でわれわれ読者に提示してくれます。専門用語は出てきますがこの類の本にありがちな堅苦しい表現になっていないところがいいです。著者の言いたいことが、胸にすっと入ってきます。そして既成概念を打ち破ろうとする著者の姿勢に共感を覚えました。本書が著されたのは30年以上前ですが、その視点の新しさは今読んでも変わることがないですね。本書を読むと、ことばは生きていて変わっていくものなんだ、ということがよくわかります。

本書に出会ったのは、30年近く前の学生時代でした。初めて読んだときの衝撃は忘れられません。陳腐な表現ですがまさに「目から鱗が落ちる」一冊でした。その後、田中先生の著書を見つければできるだけ読んでいますが、やはり本書がいちばん出色だと思います。知的刺激がふんだんに詰まったきわめて示唆に富む本です。できるだけ多くの人におすすめしたい一冊です。
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5つ星のうち 5.0 「ことば」と「国家」との関係は微妙, 2012/4/13
投稿者 読書散歩 - レビューをすべて見る
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母語、子どもは親を選べないように、言語を選べない。言葉はまず母から学ぶ。母乳を乳房から吸い、その口で言葉を発する。そして、「ことば」は話し言葉があって、書き言葉がある。
人類の歴史ではもともと話し言葉だけがあった。書き言葉はラテン語であって、ラテン語を書き、読める人は一部の特権階級だけだった。ダンテが初めて俗語を褒めたたえ、俗語で恋物語を書いた。総スカンにあったそうだ。
そして、文法。話し言葉には文法がない。他の言語を学ぶために文法が用意された。文法の習得には時間がかかるから、これも特権階級のものだった。文法は「法典」であり、一種「言語警察制度」(p.70)である。したがって、文法を意識することは、自由な表現の創出を損なうことが多かった。母語のうちあるものは権威づけられ、あるものは貶められる。
そこに差別が生まれる。何故か? 中国語、韓国語、そして外国語には全て「国」という文字が入っている。しかし、英語、フランス語、ドイツ語には「国」という文字はない。「国語」には「国」があるが、「日本語」というときにはない。言語は民族と結びついている。とはいえ「フランス人が話す言葉がフランス語といってようか」というと、そうとは言えずオック語、ブルトン語を母語とするフランス人はたくさんいる。
ことほど左様に、「ことば」と「国家」との間には微妙だが、堅固な関係が存在する。
「言語学という分野は、日本では他の学問分野からいちじるしく孤立していて、言語学者が隣接領域にほとんど注意を向けない以上に、社会科学者はここで起こってきたことを知らない」(p.215)と著者は言っているが、そのとおりだ。
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5つ星のうち 5.0 母語と国家語と俗語文法で語る社会言語学への素敵な入門書!!, 2012/3/4
投稿者 akashishiuenomaru "マジメ苦労人" (千葉縣柏市) - レビューをすべて見る
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レビュー対象商品: ことばと国家 (岩波新書) (新書)
とても興味深く読ませて貰ったと思ひます。そして、一読して感じましたのは、私が今まで読んで来たタイプとは異なる文筆家ではとの印象を持ちました。何故なら、いはゆる「保守的言語エリート」と思はれる方々の論策へのコメントが思はぬ観点から発せられてゐる事を何度も発見したからです。とは言へ、書かれてゐる内容は大半が首肯できるものばかりでした。
元々月曜物語の「最後の授業」が描かれた舞台がドイツ語、ドイツ文化の背景があったのではないかと個人的に推測して来たので、それに関連する情報が本書に掲載されてゐると知って急遽取り寄せたわけでありました。読んでみまして予期してゐた以上のはっきりした物言ひには驚きました。「最後の授業」に出て来るアルザスの人々にとって母語はフランス語ではなかったとの指摘は明快そのものでありました。フランス語が言語帝国主義のやうな抑圧を国内のブルトン語、オック語、バスク語、カタロニア語、アルザス語に強固に加へて来たさまも分かつて来ました。
又、ことばは国家の力、政治の力を抜きにして考へる事の難しさも実感しました。筆者は、母語と母国語の違ひを明確に理解し、国家語、国語の持つニュアンスにも精通してゐる言語学者であり、俗語と文法についての理解は生きてゐる今の視点を見つけてゐます。言語社会学の啓蒙家と言っていい達人の領域に至ってゐる人物かと思ひます。新しい言語社会学の観点を案内してくれる良書であります。
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8 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 よい, 2009/11/10
投稿者 れん - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ことばと国家 (岩波新書) (新書)
人の使うことばについて、「その使い方は間違いだ」などと、時に嘲笑とともに断じてしまうことがある。だがそれは、国家語、標準語、標準的な文法などといった制度的構築物側にたった視線にすぎないことが本書では示される。「誤りを作るのは規範である」(p.70)。「標準」という目がねをはずしてことばを眺める目を、本書で著者は教えてくれるだろう。
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11 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 ことばの差異への差別, 2009/10/25
投稿者 romarin - レビューをすべて見る
(殿堂入りレビュアー)    (VINEメンバー)    (トップ1000レビュアー)   
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言語学的には、言葉の間に優劣はない。標準語より方言が劣っているということもないのである。
しかし実際には、方言が揶揄されたり、矯正されたりすることもあるし、自ら「直す」人もたくさんいる。
また、フランス語のようにプレスティージが高いとされる語もあれば、ちゃんとしたことばになっていないと軽蔑される言語もある。
この新書では、こうしたさまざまな言語の権力や差別、言語の概念にいかに政治が介入しているかといったことを述べる。
そもそも、言語をいくつあるかと数えることも容易ではない。例えば、東京の人が東北の方言を殆ど何もわからなかったとしたら、
これらは同一言語の方言であるというだけでなく、別の言語としてカウントすることさえ可能である。
さらに、母語、すなわち自然に身についた第一言語にも重点が置かれている。母国語という言い方はおかしいと言うが、
なぜなら母国語というのは母国の国語であり、もしもある国があるひとつの言語を国語と決めている中で、
移民や社会的地位等の理由で他の言語を普通に身に着けていたらその人にとって母語は母国語とは異なるということになるためだ。
本書はことばの地位や差別や闘いについていろいろ書かれているが、特に母語に対して弾圧を受けた人々の歴史、
「乱れた」「くずれた」と言われる言語の歴史や捉え方についての記述が印象深い。
母語として自然に学んだ言語に正しいも間違いもない、という指摘にはなるほどと思わされる。言葉の変化を誤りや堕落として嘆くのではなく、
変化こそ言語を生き生きとさせる本質であり、「くずれ」なくなって固定され、学習によってのみ使えるような状態になった言語は死んでいるという、
ことばそのものに着目した言語学の視点が貫かれた本。本来平等で正誤さえある意味ない筈の言語というものが、
いかに国家権力によって左右され形成されていったかが、ヨーロッパや日本など各地の例を絡めて語られている。
28年前の出版ということもあり、内容や語法にどうしても古い部分があるが、社会言語学的に興味深い一冊。
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13 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 面白いです。, 2006/7/17
投稿者 cecedece - レビューをすべて見る
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もともとローマ帝国の言葉が何故残っていないのか?という単純な疑問から出発しまして、その解答が載っていそうな本を探していたらこの本に出会いました。「言葉は国家がかかわらないと残らない(書き言葉と話し言葉が一致しないと定着しない)」という「仮説」なのか「定理」なのか分かりませんが、ともかくそういうことがよく理解できました。自然に発生して定着するという、そう単純なもんではなかったということです。

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