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  • 日文山景的  筆まかせ抄 随笔信言抄录  岩波文庫 正岡 子规著), 粟津 則雄(奇缺奇书孤本绝随想随笔信件文字措辞幽默典雅古色古香体现体会验证子规正冈的人生哲学人生观幸福观世界观价值观东京印象文明标准身心健康空
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日文山景的 筆まかせ抄 随笔信言抄录 岩波文庫 正岡 子规著), 粟津 則雄(奇缺奇书孤本绝随想随笔信件文字措辞幽默典雅古色古香体现体会验证子规正冈的人生哲学人生观幸福观世界观价值观东京印象文明标准身心健康空

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  • 作者: 
  • 出版社:   日本JAPAN 岩波文庫) 文庫 – 1985/2/18 正岡 子規 (著), 粟津 則雄* 岩波书店
  • ISBN:   9784003101391
  • 出版时间: 
  • 版次:   1
  • 出版地:   日本国东京japanese01
  • 印刷时间:   1985-02
  • 印数:   5千册
  • 装帧:   软精装
  • 页数:   239页
  • 字数:   208千字
  • 作者: 
  • 出版社:  日本JAPAN 岩波文庫) 文庫 – 1985/2/18 正岡 子規 (著), 粟津 則雄* 岩波书店
  • ISBN:  9784003101391
  • 出版时间: 
  • 版次:  1
  • 出版地:  日本国东京japanese01
  • 印刷时间:  1985-02
  • 印数:  5千册
  • 装帧:  软精装
  • 页数:  239页
  • 字数:  208千字

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  • 商品分类:
    外文原版 > 日文书 > 文学
    货号:
    iwmkfms-928-151005
    品相描述:九品
    筆まかせ抄 随笔信言抄录  (岩波文庫) 文庫 – 1985/2/18 
    正岡 子規 (著), 粟津 則雄* 岩波书店(奇缺书孤本绝版随想随笔信件文字措辞幽默典雅古色古香体现体会验证子规正冈的人生哲学人生观幸福观世界观价值观东京印象文明标准身心健康空幻空间时间空气英雄傻瓜智者执着辛苦一天萝卜学问住客日语奉承德川家康比较哲学举一反三宰相八犬传宴席大小微笑愉快地震哲学研究世界语日本日本与四国可怕语言与人气气候爱身体爱家乡演说人生喜与忧太好了棒球见闻历史授课法汉字利弊日语利弊小说嗜好对比随笔俳句回乡机械化古驰水边自炊事光阴交际我身日本小说研究以及评论文章简繁学科;领域地方风絮人情言文一致利弊考试得分祖父曾祖父道德标准大年三十借钱语言变迁与夏目漱石通信往来小说文体论考试孩子教育女孩教育醒悟学习的研究外国文学文体研究书斋庭院设计笔头手到擒来活力统计表六歌仙比较宽严松弛中庸文学家心得体会研究大学问家口
    商品描述:
    たった人間ひとりが生き死にするということの躍動を、映像でなく、音でなく、また口語でもなく、まさしく活字において表現せしめた媒体として、その表現者の魂を余すとこなく感じるに致るものであった。

    いやはや太宰の人間失格といい子規の仰臥漫録といい、孤高の文学者捨身のテロである。

     子規晩年の病床日誌。寝返りも打てず膿が始終にじむ状態で、最後まで生命を燃焼させて短歌と俳句の創作とこの日誌を書いた。いや、創作と日誌が子規の生命の余すことなき燃焼を支えたのだろう。
     まず圧倒されるのは、毎日の食事の詳細な記録である。食への執着は子規の生命力の強靱さを語るが、養生に反するような過食は彼の死生観の表れでもあるだろう。また瀕死の病床にあっても絶えない来客との交流に子規の天性の明るさを見るようだ。
     彼の句歌にある透明なユーモアは日誌にも共通する。悲惨きわまる状況の描写にあっても暗さ、湿っぽさを感じさせないはやはり希有なことだろう。
     亡くなったのは35歳である。本来なら中年盛りの心身充実しきった時期である。生命の盛りに生命を絶たれる理不尽さと対峙して精一杯生きたありのままの記録である。ドラマ『坂の上の雲』に泣かされた勢いで、今年最後の書がこれになった。少々、身勝手さを禁じ得ぬ批判的物言いもあれど、死期迫る病床の子規が命を削るようにしたためたと聴けば、儚く脆い和歌芸術の保存にかけた執念に心動かされる。日本人として心を受け止めつつ、暮れゆく2010年なりけり。

     国文学を学ぶ者には文学史上の必読書であることは論をまたないが、
    門外漢でも悪口の見本市として十分楽しめる。

     大真面目の歌論の中であれこれ言葉を変えて悪口を言い募っている。
    その悪口の言い方が実に見事で、たとえ候文に慣れていなくても悪口の意味はわかりやすいので、
    読んでいて失笑を禁じ得ない。

    曰く
    「実に呆あきれ返つた無趣味の歌」
    「日本人と外国人とのあいの子を日本人とや申さん、外国人とや申さんとしゃれたると同じ事にて、しゃれにもならぬつまらぬ歌」
    「三年の恋一朝にさめて見れば、あんな意気地のない女に今までばかされてをった事かと、くやしくも腹立たしく」
    「この歌を名所の手本に引くは大たはけ」
    などなど。

     書名は有名でも意外と中身は読まれていない名著である。文庫にして40ページほどなのでぜひ一読いただきたい。

    内容もよいのですが、文語調に慣れるための格好の教材です、何度も繰り返し読んでいこうとおもっています。

    当時の歌人に対する子規の叫び声が聞こえてきます。歌法の手引書としても非常に参考になります。子規が34才で亡くなったのが1902年、明治35年。この年、斎藤茂吉は20才で一高に入学。前年の明治34年には与謝野晶子が22才でみだれ髪を刊行。子規は茂吉の歌も晶子の歌も読む機会はなかったのではないでしょうか。出会っていれば何と言ったでしょうか。一方、茂吉や晶子はどこかでこの歌よみに与うる書を読んでいると思うが、何と感じたでしょうか。そのような思いが湧いてくる書です。

    「仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。」
    再び歌よみに与ふる書
    「貫之は下手な歌よみにて「古今集」はくだらぬ集に有之候。」
    三たび歌よみに与ふる書
    「前略。歌よみの如く馬鹿な、のんきなものは、またと無之候。」

    最初の一文だけ読んでいっても、抱腹絶倒。

    解説を土屋文明が書いている。とても勉強になります。
    関連文献を拝読したら、また読みます。

    一読すれば子規が深い覚悟をもって本書を書いたことが分かる。子規の、変革への情熱には並々ならぬものがあり、時になりふり構わぬ姿をとり、行き過ぎもまたある。文章表現や和歌の改革には、それも必要であったということであろう。率直で鋭利なことばは、読んでいて爽快感すら覚える。
    子規は紀貫之や『古今集』を貶め、万葉集と源実朝を称揚するが、子規が実朝を誉める中に「実朝の歌はただ器用といふのではなく、力量あり見識あり威勢あり、時流に染まず世間にこびざる処・・・」ということばがある。このことば、そのまま子規にささげたい気がする。

     武士(もののふ)の矢並つくろふ小手の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原 (源実朝)

     古今調の作為性をボロクソにけなした本書の中で、真っ先に子規が称揚したこの歌は、子規の「写生」観を体現しているように思う。しかし、この「写生」とは、「内面(/主体)」という近代的な思考フレームを「風景」に照射した叙景だったのであり、この意味では万葉や蕪村といった古典を再評価するにしても、極めて近代的な視点での再評価を子規は行ったのだと言って良い。(この辺は柄谷行人「日本近代文学の起源」が詳しく論じている。)

    正岡子規という人物が如何に急進的な人物であったか、これを読めば良くわかる。
    子規は、当時、歌聖として半ば崇拝されていた人物たちを「〜は下手な歌詠みにてござ候」といった風にばっさばっさと切り捨てていく。
    その様は滑稽ともいえるほど痛烈である。
    子規は病弱な人間であったようだが、そんな人間をここまで駆り立てる明治という時代の凄まじさを感じ取ることができる。
    まあ坂の上の雲を読んだ者にとって必読の書といえるのではないでしょうか?

    子規の歌論として有名な一冊。しかし真面目でカタイ本ではない。以前、ラジオ番組で本書の朗読をやっていて、たまたま聞いていたが、ゲラゲラ笑い続けていた。本書を読む人は、黙読ではなく、音読して欲しい。こんな面白い本はない。子規の明るさ(確か司馬遼太郎が書いていたように思う)が、よく分かる本。古典として遠ざけるには勿体無い。子規の句は色あせない。
    句の中に閉じ込められた情景は開いた瞬間五官に訴え、
    色彩が、風景が立ち上がる。
    そこにあるのは子規がその目で見た視線であり、
    一瞬に凝結する味わいだ。

    子規の句がなぜ生き続けるのかという
    もうひとつの理由はその情報量だと思う。
    俳諧の「侘び」「寂び」が哀愁か、それとも
    諦観なのか、現代のわれわれにはよくわからない。

    子規の句は、ある意味で“気づく”
    という行為の集大成であるが、それで終わらないのは
    この世界を「見る」ことに対する、
    文字通り生命を燃焼させた子規のすさまじいまでの執念が
    そこに見え隠れするからだ。

    おもしろいのは、晩年になるにつれて
    俳諧の決まりきった作風から脱却(逸脱)した結果、
    かえって本来の俳諧の「侘び」「寂び」が鮮明に
    なってくる点である。
    先鋭から普遍への回帰という子規の歩みは、
    表現と人との関係に何かひとつの示唆を与えているように思えて

    子規の本を読んだのは初めてです。昔は文学をやっていたのに、情けない。。。
    芭蕉、蕪村、子規の句集まで読んできたけれど、この本なら子規初心者でも
    読めると思います。なにか切迫したような、つましさを感じました。
    一筋縄ではいかない芭蕉、明るい色調の蕪村でしたが、子規は孤独で
    なにかを見据えたようだったのが、第一印象です。

    子規の俳句を概観するのに最も手っ取り早い一冊ですが、一方で、こんにち他書やインターネットなどで紹介されている子規の句であっても、本書で探して載っていない句も結構あったりします。生涯二万句を遺した子規ですから、句もバラエティーに富んでいる(結構下品な句もあったりしますから)のかもしれませんが、選者である虚子の俳句観によるフィルターがある程度かかっている(と、解説にあった)の

    子規の句がなぜ生き続けるのかという
    もうひとつの理由はその情報量だと思う。
    俳諧の「侘び」「寂び」が哀愁か、それとも
    諦観なのか、現代のわれわれにはよくわからない。

    子規の句は、ある意味で“気づく”
    という行為の集大成であるが、それで終わらないのは
    この世界を「見る」ことに対する、
    文字通り生命を燃焼させた子規のすさまじいまでの執念が
    そこに見え隠れするからだ。

    おもしろいのは、晩年になるにつれて
    俳諧の決まりきった作風から脱却(逸脱)した結果、
    かえって本来の俳諧の「侘び」「寂び」が鮮明に
    なってくる点である。
    先鋭から普遍への回帰という子規の歩みは、
    表現と人との関係に何かひとつの示唆を与えているように思えて

    子規の本を読んだのは初めてです。昔は文学をやっていたのに、情けない。。。
    芭蕉、蕪村、子規の句集まで読んできたけれど、この本なら子規初心者でも
    読めると思います。なにか切迫したような、つましさを感じました。
    一筋縄ではいかない芭蕉、明るい色調の蕪村でしたが、子規は孤独で
    なにかを見据えたようだったのが、第一印象です。

    子規の俳句を概観するのに最も手っ取り早い一冊ですが、一方で、こんにち他書やインターネットなどで紹介されている子規の句であっても、本書で探して載っていない句も結構あったりします。生涯二万句を遺した子規ですから、句もバラエティーに富んでいる(結構下品な句もあったりしますから)のかもしれませんが、選者である虚子の俳句観によるフィルターがある程度かかっている(と、解説にあった)のもその理由の一つかもしれません。そういう目でみるとそんな気がしなくもない?とはいえ「柿くへば」や「春や昔」など超メジャーな句はきちんと収録されているので、初めて子規の句に触れる方にはリッコメンドですね。

    予てより探し求めた1冊で楽しく枕頭で読んでいます。
    本も新品と変わらず気持ちよいです。
    最近奥飛騨に紅葉鑑賞して来ましたが、子規の秋の句を読み直して感動して居ます。ドラマ『坂の上の雲』に泣かされた勢いで、今年最後の書がこれになった。少々、身勝手さを禁じ得ぬ批判的物言いもあれど、死期迫る病床の子規が命を削るようにしたためたと聴けば、儚く脆い和歌芸術の保存にかけた執念に心動かされる。日本人として心を受け止めつつ、暮れゆく2010年なりけり。

     国文学を学ぶ者には文学史上の必読書であることは論をまたないが、
    門外漢でも悪口の見本市として十分楽しめる。

     大真面目の歌論の中であれこれ言葉を変えて悪口を言い募っている。
    その悪口の言い方が実に見事で、たとえ候文に慣れていなくても悪口の意味はわかりやすいので、
    読んでいて失笑を禁じ得ない。

    曰く
    「実に呆あきれ返つた無趣味の歌」
    「日本人と外国人とのあいの子を日本人とや申さん、外国人とや申さんとしゃれたると同じ事にて、しゃれにもならぬつまらぬ歌」
    「三年の恋一朝にさめて見れば、あんな意気地のない女に今までばかされてをった事かと、くやしくも腹立たしく」
    「この歌を名所の手本に引くは大たはけ」
    などなど。

     書名は有名でも意外と中身は読まれていない名著である。文庫にして40ページほどなのでぜひ一読いただきたい。

    内容もよいのですが、文語調に慣れるための格好の教材です、何度も繰り返し読
    当時の歌人に対する子規の叫び声が聞こえてきます。歌法の手引書としても非常に参考になります。子規が34才で亡くなったのが1902年、明治35年。この年、斎藤茂吉は20才で一高に入学。前年の明治34年には与謝野晶子が22才でみだれ髪を刊行。子規は茂吉の歌も晶子の歌も読む機会はなかったのではないでしょうか。出会っていれば何と言ったでしょうか。一方、茂吉や晶子はどこかでこの歌よみに与うる書を読んでいると思うが、何と感じたでしょうか。そのような思いが湧いてくる書です。

    歌よみに与ふる書
    「仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。」
    再び歌よみに与ふる書
    「貫之は下手な歌よみにて「古今集」はくだらぬ集に有之候。」
    三たび歌よみに与ふる書
    「前略。歌よみの如く馬鹿な、のんきなものは、またと無之候。」

    最初の一文だけ読んでいっても、抱腹絶倒。

    解説を土屋文明が書いている。とても勉強になります。
    関連文献を拝読したら、また読みます。

    一読すれば子規が深い覚悟をもって本書を書いたことが分かる。子規の、変革への情熱には並々ならぬものがあり、時になりふり構わぬ姿をとり、行き過ぎもまたある。文章表現や和歌の改革には、それも必要であったということであろう。率直で鋭利なことばは、読んでいて爽快感すら覚える。
    子規は紀貫之や『古今集』を貶め、万葉集と源実朝を称揚するが、子規が実朝を誉める中に「実朝の歌はただ器用といふのではなく、力量あり見識あり威勢あり、時流に染まず世間にこびざる処・・・」ということばがある。このことば、そのまま子規にささげたい気がする。

     武士(もののふ)の矢並つくろふ小手の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原 (源実朝)

     古今調の作為性をボロクソにけなした本書の中で、真っ先に子規が称揚したこの歌は、子規の「写生」観を体現しているように思う。しかし、この「写生」とは、「内面(/主体)」という近代的な思考フレームを「風景」に照射した叙景だったのであり、この意味では万葉や蕪村といった古典を再評価するにしても、極めて近代的な視点での再評価を子規は行ったのだと言って良い。(この辺は柄谷行人「日本近代文学の起源」が詳しく論じている。)

     興味深いのは、子規自身がその点には自覚的だったことであり、たとえ客観的なような描写をしていても、その情景に感興を見るのは読み手の主観であるから、そういう意味では、本来、表現行為とは単純に「主観的/客観的」と分割できないものだと語っている。つまり「写生」に足る風景なり描写というのは、飽くまで究極的には子規の目(主観)を通してフィルタリングされているに過ぎない訳なのだが、結局、彼はその辺の理論的な精緻化は行わず、「写生」という文学コンセプトで持って古典の再評価や俳句の革新運動に没入していった。それは、少ない余命を意識した人生の中での取捨選択の結果、文学史や伝統的歌謡論の書き換えの運動に優先順位を置いたということだと僕は思っている。

     そして、結果的に彼の残したフレームを通して、芭蕉や蕪村の見ていた景色が「文学的風景(=写生された風景)」として今日鑑賞されることが多い訳だが、その点で子規は近代主義のイデオローグとしても足跡を残したと言っていいはずだ。が、一方で本書における彼の語り口はとても平易で、上記のような晦渋な屁理屈とは対極の、あっけらかんとした広さとユーモア、そして熱さが文章から放射されている。色んな意味で、この人は明治を体現した文学者だったんだなあ、
    正岡子規という人物が如何に急進的な人物であったか、これを読めば良くわ
    子規は、当時、歌聖として半ば崇拝されていた人物たちを「〜は下手な歌詠みにてござ候」といった風にばっさばっさと切り捨てていく。
    その様は滑稽ともいえるほど痛烈である。
    子規は病弱な人間であったようだが、そんな人間をここまで駆り立てる明治という時代の凄まじさを感じ取ることができる。
    まあ坂の上の雲を読んだ者にとって必読の書といえるのではないでしょうか?

    子規の歌論として有名な一冊。しかし真面目でカタイ本ではない。以前、ラジオ番組で本書の朗読をやっていて、たまたま聞いていたが、ゲラゲラ笑い続けていた。本書を読む人は、黙読ではなく、音読して欲しい。こんな面白い本はない。子規の明るさ(確か司馬遼太郎が書いていたように思う)が、よく分かる本。古典として遠ざけるには勿体無い。

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